ぴょんたのひよこ日記

結婚13年目の共働き夫婦です。 4歳の娘、2歳の息子との毎日の中、3人目のお迎え準備を始めました。

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2010.10.11 (Mon)

入院から出産までの5日間(後半)~陣痛促進剤+帝王切開

続きです。

9月23日(41週2日)

この日は祝日のため、誘発もお休み。
お休みといわれても特にすることが何もありません。
パソコンを持ってきて仕事でもすればよかった・・とも思い、旦那さまにもって来てもらおうかと思ったのですが、また仕事なんか始めたら「まだ出てくるときじゃないな」とうさ子が勘違いするかもしれない(そんなわけないか・・)と思ってやめておきました。

できれば歩いたりしてくださいね、と言われていたので、廊下をうろうろ歩いてはみましたが、さして広くないところをずっと歩いていると変な人みたいな気がして、何周かしたところで終了。
そうだ!と思いついて階段を地下1階から4階まで黙々と3往復してみました。これが大して息も上がらずにできたのは、毎日の散歩の成果だなあと思います。

この日は2泊3日で私の両親も東京にやってきました。
本当はとっくに生まれているはずで、自宅に戻った頃に見に来てもらうつもりだったのですが、なんとまだうさ子はお腹の中。
でも、飛行機やら宿やらの手配をしてしまっていたし、父の休みがとれるのがここだけだったので、予定通りやってきました。
旦那さまが両親をホテルに迎えに行ってくれて、面会時間に3人で来てくれました。

普段は高齢の祖父を一人にするのが難しいので、実母が東京にやってくるのは私の結婚式以来7年半ぶりのことです。
夢クリ通いを始めてから、全く先の予定が立たないため実家への帰省もしておらず、そのまま妊娠してからは「無理に帰ってきてもし流産したら大変だから帰ってくるな」と言われたためにまた帰省せず、だったので、電話では話していましたが母に会うのは久しぶりでした。
父は出張の折りにわが家に来ることもあって今年の春も会ったのですが、これだけお腹がせり出したときに会うのはもちろん初めてです。

この日はまだ生まれないので、楽しみの大半はおあずけの状態でしばらく話してから帰っていきました。


9月24日(41週3日)

いよいよ促進剤も3日目。
朝6時半にはLDRに移動し、また同じようにモニターをつけ・・ともう慣れてしまったプロセスに入ります。
連日、何時間もモニターをつけっぱなしなので、モニターがずれたときの直し方も習得してしまいました。ナースコールを押さなくても自分で直せます(笑)。
ちなみにモニターがお腹に接触するところがかぶれてしまい、真っ赤な大きな丸が2個できていました。

点滴の開始前に先生の診察がありました。
子宮口の開き具合は、3センチあるかないか、全然進んでいないどころか若干後退したかも・・という状況ということで、先生も渋い顔です。
2日目の終了時には、必ずしも急いで帝王切開にしなくてもいい、という話でしたが、これはうまくいかない可能性が結構高い、と思われたようです。
「今日は薬を変えてオキシトシンという薬を点滴します。今日、これでお産が進まないようだったら帝王切開に切り替えた方がいいかもしれませんね。急に言われても困ると思うので、もしお昼頃までに何も進まないようだったら帝王切開についても説明に来ますね」と言われました。

3時頃までに大きな変化がなければ、帝王切開にした方がいいのではないか、とのことでした。そうでなければ、週末2日休んで、また月曜に仕切り直し。
もう月曜までは待てないと思っていたので、今日中にお願いします、ということを伝えました。
となると、帝王切開の可能性を考えて、今からは絶食、水も駄目、ということになります。そのため、点滴も薬のための点滴だけでなく、水分補給のための点滴も始まり、そこに抗生剤の点滴も加わって大量の点滴がポンプで送り込まれる羽目になりました。量が多すぎて、ポンプを使わないと逆流してしまう事態に・・・。

予想はしていたことだし、もうそろそろ決着をつけないと精神的にしんどいなと思っていたので、帝王切開の提案は全然驚くことではなく、むしろ歓迎する話だったのに、なんだか急に悲しくなってしまいました。
ちゃんと産んであげられない、授かることも自力ではできなくて、最終的に産むこともできないんだ・・・となんだかとても惨めな気持ちになってしまいました。
点滴が始まってもしばらくは涙があふれてきて、タオルを顔にかけたままずっと寝ていました。
寝ているだけではますます陣痛が遠のいてしまうと思い、気を取り直して点滴を手に廊下を歩き始めましたが、一人で歩いていても涙がにじんできます。

助産師学校の学生さんの実習の受け入れの依頼もこの日は断りました。
最初の二日は承諾していたのですが、いつまでたってもお産が進んでくれない中で、モニターを細かく見ながら、お腹の張りを確認し「今、張っていますか?」などと聞かれ続けるのもしんどくなっていたし、「さっきより間隔が短くなってきましたね」と、よかれと思って励ましてくれるのも負担に感じるようになっていました。

実習をしないと一人前になれないわけだから受け入れる方がいいだろうと思ったし、また、必ずしも教科書通りに進まないケースがあることを知ってもらうことも大事だろうとは思いましたが、その余裕はなく、「陣痛が本格的に始まったら来てもらってもいいですけれど、どっちつかずの間は来ないでください」と断りました。

予定では午前中に急に生まれる可能性はほとんどないので、旦那さまは午前出社して、午後から来る予定でしたが、点滴が始まって1時間、我慢できなくなって、旦那さまに電話して、一度来て欲しいと頼みました。
「陣痛が始まったら会社に行っていいから今まず来て欲しい」というなんだか本末転倒の電話をするぐらいこのときが一番しんどかったです。

旦那さまが到着して、話しているうちに少し落ち着いて、帝王切開でもいいやという気になりました。
本当ははじめからそう思っていたはずなのに、毎日ひたすら陣痛を待ち続けてそのためにあらゆることをしているうちに、陣痛を起こして産むことしか正しいゴールがなくて、それができないと落後したようなイメージになっていました。

点滴を初めて2時間ほど経ってから、先生が子宮口の開き具合を確認しにきてくれました。
その診察でも「うーん、変わってないね」とのこと。破水すると通常は陣痛が促進されるけれど、子宮口の開きが狭すぎて人口破水もできないとのことでした。

昼過ぎ、再度子宮口の確認に来てくれた先生が、「お、さっきよりはいいわね」とのこと。
「これなら人口破水ができそうだわ」ということで、えいやとはさみで破水してもらいました。
どくどくと暖かい物が流れていくのが分かり、ぱんぱんだったお腹が少し余裕が出たような気がしました。

とはいえ、陣痛は劇的には強まらず、薬の量は徐々に増えているので、腰やお腹の痛み、お腹の張りは徐々に強まっていくものの、まだしゃべれるぐらいで本格的なものにはなってくれません。

その後、帝王切開と麻酔について説明があり、帝王切開をすることになったら署名をして提出する同意書も渡されました。
旦那さまが一度会社に行っている時間だったので、旦那さまが病院に戻ってから提出しようかなと思いましたが、もうNOという返事はあり得ない状況だったので、署名をして提出しました。

午後3時、目安と言われていた時間に再度内診がありました。
「うーん、進んでいないわね」とのこと。
このときには旦那さまも戻ってきていて、私も9割方帝王切開の覚悟ができていたのですが、まだ一縷の望み(?)にかける気持ちもあって、あと1時間だけ待ってもらえないかと聞いてみました。
周産期センターの病院にも関わらず、OKが出ました。先生もちょっと苦笑いしていましたが、じゃ、あと1時間ね、ということで4時まで頑張ってみることになりました。

その後、両親もやってきて(立ち会いは1人しか駄目と聞いていたのですが、LDRには入れたようで、看護師さんが案内してきてくれました)、しばらく私は点滴をぶらさげてスクワットをしながら立ち話です。

午後4時の内診。
それなりの痛みにはなってきていて、収縮のピークでは話すのが辛い状況にはなっていましたが、子宮口を開く力には結びつかず、やはり変わらずとの判断でした。
ここまでくると、もう納得したというのか、あきらめたというのか、帝王切開をお願いします、という気持ちになっていました。

その後は実に早かったです。
「今、もう一人帝王切開の手術が入っているから、それが終わったらすぐ入れるかどうか確認しますね」と言われた直後、「では4時半から帝王切開になります」「コンタクト、入っていますか?じゃ、外してください」等々、あっという間にベルトコンベア状態で手術室へとストレッチャーで運ばれ、麻酔医の先生から再度説明を受けて麻酔が始まり、午後5時頃から執刀が始まりました。

旦那さまは麻酔等々の間は外で待たされていましたが、執刀が始まってからは中で立ち会うことができました。
私はお腹の上についたてが立てられていたので自分では見えなかったのですが、旦那さまの「もうすぐ出てくるよ」という声を聞いたらなんだか感動したのか、安心したのか、どんどん涙が出てきて、うさ子の泣き声を聞いたらもっと涙が止まらなくなりました。
ほんとによく来たね、待ってたよ、という思いでいっぱいでした。
カンガルーケアはできず、私はちょっと頭を触ることができただけでしたが、本当によく生まれてきてくれた、ありがとう、という気持ちでうさ子を迎えました。

その後、縫合してもらったりする処置なのですが、その間、先生達の会話が聞こえてきます。
「これ、何?え?これ、無理にやったら破裂するよなあ。これは?IVF?自然?」なんて声です。
思わず、「IVFです」って返事しちゃいました(笑)。
いくつか正常でない状態があったらしく、これらの予定外の状態への処置をしてもらったりした結果、手術時間が長め、出血量も多めでしたが、1時間余りで手術は終了しました。後半は安心して数日間の緊張から解放されたせいか、途中から眠ってしまい、気がついたらほぼ終了していました。

後で説明を受けたところによると、子宮の後壁が薄く脆い状態で、筋肉が割けていたとのこと。原因は不明で、珍しい症例、もし下から無理に産んでいたら大出血になっていたかもしれないという話でした。またうさ子はへその緒が2重に首に巻き付いている状態で生まれてきたようです。
さらに、卵巣周辺に癒着もあったとのこと。だから自然妊娠は難しかったようです。

これらを総合して考えると、私の場合、帝王切開でなければうさ子も私も大変なことになった可能性がかなり高く、なるべくして帝王切開になったのだなあと思います。
また、不妊治療を始めて半年経たない時期に体外受精に踏み切ったのも、それ以外にはなかった方法のようです。
ですから結果的には、偶然、最善の方法を選んでうさ子は無事誕生できたんだ、という気がします。

術後管理用の病室に運ばれ、旦那さまと両親がやってきました。まだ3人がいる間に、うさ子を新生児室から連れてきてもらい、初乳を飲ませてもらいました。
「飲ませてもらう」というのは、飲ませるのは私なのですが、両手両足が動かないので、私は寝たまま、助産師さんがうさ子を抱いて、飲めるような体勢にして含ませること一切をやってもらいました。
可愛いなあ、愛しいなあとは思いましたが、私はあまりにヘトヘトで残念ながらそのときの様子ははっきりと覚えていません。

その晩はうさ子は新生児室で預かってもらい、私はひたすら我慢の一夜でした。
両足が全く動かないので、自分で姿勢を変えることもできず、左手には点滴と脈をとるクリップ、右手には血圧計(これが数分おきに自動で測定するために収縮する)、両足は塞栓防止のマッサージ器がとりつけられてこちらも収縮を繰り返す状態で、全く眠れないし辛い一夜でした。
汗がたらたら流れ出るし、着せられた病衣が体に当たると痒くて、夜中を過ぎて血圧計を外してもらって少しウトウトするのがやっと、という感じでした。この一晩だけは本当に辛かったです。
それでも翌日の午前中には歩く練習を無事パスし、昼には導尿も外してもらい、自由の身になりました。

午後の面会時間には双方の両親が揃ってやってきました(義両親は生まれたとの連絡を聞いて、急遽日帰りでやってきてくれました)。
うさ子は新生児室から母子同室に移り、親子3世代、勢揃いすることができました。
双方の親にとって初孫なので、そのかわいがりぶりは想像通りというのか、想像以上というのか。
私たち夫婦にとっても宝物だし、その両親にとっても宝物として生まれてきたうさ子は幸せな子になってほしいと心から思います。そして一人前に大きくするまで私たちが頑張らなきゃなと思います。

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コメント

おめでとうございます!

あらためましておめでとうございますe-420
大変だったんですねe-330

わたしは先週の月曜日になんとか予定日1日遅れで出産しました。
陣痛の痛みがわからず病院に行ったところ
子宮口が6㎝開いてましてそのまま陣痛室となりました(先生もびっくりしてた)
実家にいたのですごく落ち着いていたのかもしれません。

育児どうですか?
わたしは食材を昼間の食事は旦那に作ってもらったものを食べ
夕食は惣菜でなんとか持ちこたえてますが
もう魔の3週目?みたいな感じで昼間あまり寝てくれないので
大変です。
でもかわいいわが子をみるとなんとか乗り切れそう・・・
お互いがんばりましょうねe-420

>あ~ぴょんさん

あ~ぴょんさんも無事にご出産されたんですね。おめでとうございます!!
病院についた時点で子宮口6センチってすごいですね。安産だったのでしょうか。

うちは全てがうさ子次第って感じです。
比較的よく寝てくれる日には昼に自分で食べたいものをつくって食べることができるときもありますが、ぐずりっぱなしの日には抱っこしたままかき込む感じになります。
夕食は旦那さまの帰りを待ってつくってもらうことが多いですが、3週目に入って体も動きやすくなってきたので、少し自分で準備できることも増えました。

大変なことも多いですけれど、でもわが子を見ながらの毎日、楽しいですよね。
お互い楽しい育児生活を送りましょうね。

改めまして

ぴょんたさん、改めましてご出産おめでとうございます。
大変な中、生まれてきてくれたうさこちゃん、
やっとやっとうさこちゃんに会うことができたぴょんたさんと旦那様、
ずっとブログで応援してきただけですけど、
本当に本当に良かったと思い、涙が出てしまいました。
これからはお互い家族3人の生活ですね。
あっという間に過ぎていってしまうので、1日1日を大切に、子育て頑張りましょう!

>merryさん

ありがとうございます!
いつも暖かく見守っていただいて、本当に感謝しています。
直接お会いしたことはないけれど、応援されている、見守られているという感覚はとっても励みになりました。うれしかったです~。

生まれて3週間、あっという間に大きくなっている気がします。
オトナだけの3週間って大した変化もなくなんとなく過ぎていく時間ですが、赤ちゃんの時間は本当に貴重ですね。今しかない時を大事にしながら楽しい育児生活にしたいと思います。
一歩先をいくmerryさんのブログを見ながら、ちょっと先の心の準備をしています!

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プロフィール

ぴょんた

Author:ぴょんた
41歳、結婚13年目の共働き夫婦です。

34歳で不妊治療を開始。2010年9月長女うさこ誕生、2013年4月長男ミミスケ誕生の4人家族。

まだまだ新米ワーキングマザーですが、目下3人目お迎え中。

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