ぴょんたのひよこ日記

結婚13年目の共働き夫婦です。 4歳の娘、2歳の息子との毎日の中、3人目のお迎え準備を始めました。

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2016.08.06 (Sat)

3ヶ月健診と予防接種

気がついたらオリンピックが始まっていて、お盆休みも目前…
ついでに42歳の誕生日も目前。そんなに歓迎していませんけど(笑)、この一年、家族みんなが元気に過ごせて、ましろも生まれて、幸せなんだなと思います。

先週末、土日とも出勤だったので、今週は月曜と木曜に代休をとり、ましろの保育園参観、夏祭りと3ヶ月健診に行ってきました。
保育参観といっても、ましろはお座りすらできないので、保育園での姿、といってもいつもと変わらない様子でした。窓からこっそり覗いで楽しくなるのはやはりもう少し自分の意思で行動を起こせるようになってからかも。
今、ましろが通っているのは、30人弱の小さな保育園ですが、先生たちが頑張って夏祭りも用意してくれていました。新聞紙で外枠を作った中に風船を入れて作るボール作り、風船ヨーヨー釣り、ビニールで作った金魚すくいと盆踊り。いずれも3ヶ月のましろには楽しさが伝わらなかったようですが、盆踊りの音楽は好きだったようで、ポンチャラリン♪(曲名を知らないのですが、うさこも保育園で踊っていたようなので保育園児にはメジャーな歌なんでしょうか)と流れると楽しそうにしていました。

3ヶ月健診は集団健診。同じぐらいの月齢の子たちが集合し、お母さんたちもなんとなく顔見に知りになっていたりするとおしゃべりしたり…の時間。うさこの時とは違い、マタニティ教室にも行っていないし、児童館にも行っていなし、会ったことあるかも…という人は皆無で、特段おしゃべりする相手はいなかったのですが、「ミルクを一回に○ml飲ませている」とか、「そんなに飲めるはすごい!」とか、いつから混合にしたか、とか、助産院ではこう言われた、とか、情報交換している声は聞こえてきました。
たぶん、一人目のうさこの時から相対的にはいい加減な育児の方だったのだろうと思いますが、ましろに至っては、泣いても放っておく放置育児(?)なので、お母さんたちの悩みの輪に加わるのも場違いで、ましろと遊びながら待ち時間を過ごしました。
とにかく普段構っていないので、ましろは密着しながら遊ぶととても喜ぶ、喜ぶ。
3人目らしい、ツボを押さえたニコ~でアピールしてくるのでとてもlovely💓

ちなみに、問診票に書いた育児の悩みは「手をかけていないこと」です。
医師の診察の時にも、丁寧に何か困っていることはないかと聞かれたので、5歳、3歳、3ヶ月で、ほとんど放っておいて気がついたら大きくなっている感じで…と言ったら、
「それでいいと思います。他のお子さんからの刺激を受けて却って成長が早いとおもいますし」と言われました。よかった、よかった。

折しも昨日、助産師さんで某区の委託を受けて赤ちゃん訪問をしたりなどもしている知人に会いました。私よりたぶん10年ぐらいは年長の方(=超ベテラン)なのですが、あれやこれやの話題から転じて、「今時のお母さんたちは情報過多で振り回されて大変よね。ミルクを何cc飲んだとか、飲まないとかで悩むより、赤ちゃん見て、元気ならそれで大丈夫なのよね。いい意味でのいい加減さが大事よ」と言われました。
そう、その通りなんですよね。今は私もそういう境地ですが、うさこの夢クリ通いをしていた頃には値に一喜一憂していたなあ。判定日のホルモン値の伸びが悪くて動揺して凹んで、持ち直して安堵して…と。
当時の夢クリルールにあった、「安静期間」が終了して母子手帳をもらいに行った日、普通のコースに乗ったらなんと楽なことか、と思いました。

こんなに気楽に放置していられるのも、ましろがプクプクに太って、お腹が空いたら大声で泣いて、あやしたらニコニコ満面の笑み、と、健康そのものなのを感じるタイプだからなんだろうと思います。だから心配する人には心配するなりの理由があって、自分で大丈夫と思えるようになって初めて心配から解放されるんだろうなあと思います。それまではいくら情報を集めても、誰かが何かを言ってくれても、それは本質的な解決ではないんだろうなあと。

3ヶ月19日でのましろのサイズは6945g、身長62.0cm
うさこは3ヶ月28日で同じぐらいの体重、ミミスケは4ヶ月3日で7800g余り。ましろはわが家の平均路線を行っているようです。

そうそう、保健師さんののお話でB型肝炎の予防接種が定期になる、というお話がありました。5月ぐらいに上二人の予防接種をしに行った時に小児科でその話を聞いていて、先月、区からのお便りも来ていました。
今年の4月以降生まれからが定期接種、定期接種の用紙が送られるのが9月の末で、10月から3月までの間がその用紙が使えるとのこと。
小児科の先生からは、もちろん定期接種の用紙が届いてから(=無料になってから)受けてもよいのだけれど、半年の間に3回受けるのはけっこう日程的に厳しい、生後半年で一番風邪を引いたりしやすい時期、かつ秋から冬にかけてやるのは大変だから、それまでに受け始めておくことをお勧めする、というようなことを聞いていました。3ヶ月健診のときの保健師さんのお話でも、通常は2ヶ月から接種が始まるので、自費にはなるけれど早めの接種を希望されるかどうかは家族で検討してください、というお話でした。
わが家は基本的に予防接種は積極的にやる方針なので、再来週、すでにましろは初回の予約を入れています。ちなみにうさこやミミスケもこの機に受けさせようと思って、旦那さまに予約を入れてもらったところ、二人とも接種が完了していることがわかりました(汗)。

予防接種、多すぎるし、どんどん増えるし、アプリも使ったりはしているけれど覚えきれません。わが家が診てもらう小児科は2箇所あるのですが、そのうちの1箇所はこちらで頼まなくてもインフルエンザの予防接種などの折に母子手帳を受付の人が細かく確認してくれて、受けていないのがあると、「○○の接種が可能です」という付箋を貼ってくれるのです。一種の営業、売り込み(?)ですけど、助かるわ~。

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2016.07.24 (Sun)

生後3ヶ月の日常とお食い初め

ましろが保育園に行きはじめて6週間、いつの間にか(汗)生後3ヶ月を過ぎました。
今日は生後100日、早くもお食い初めです。

うさこのときは子どもはうさこ1人、外出もそんなに苦ではなかったので、椿山荘へ。
ミミスケのときは、2歳のうさこを連れた外出を敬遠して、三友居からのお食い初め膳と懐石の仕出し。
三友居はとても満足だったので、今回も同じく頼もうと思ったところ、配達は大人5人前から、、とのことで断念しました。以前はそんなルールなかったのに…残念です。
よって、今回はもっと一般的な今半の仕出しとなりました。
義母が来てくれたので、お食い初めの儀式をおばあちゃんにやってもらい、そこまでで主役の役割終了。あとは大人と姉兄の食事会となりました。
ましろはいつもの通り、比較的機嫌よく、しばらく指しゃぶりをした後、すーっと寝入って平和な子。

ただでさえ写真が少なく、行事もうっかり忘れてしまいそうな3人目。なんとか一つ記念行事を忘れずにできました!(笑)

近況としては保育園に通い始めて1ヶ月余り。初日から問題なく適応し、哺乳瓶も毎日機嫌よく飲み、時々楽しくなって笑いすぎて飲めなくなったりしながらも、愛想よく笑顔を振りまいて、保育士さんに可愛がられ、順調に過ごしています。
それでも小さいなりに保育園では頑張っているらしく、平日は便秘気味、週末になるとタップリウンチがでます。そういうところ、健気だなあと思います。その分を察してやらなければいけないのでしょうが、そこから程遠く、ドタバタの毎日で、ましろの日常はだいたい以下のような感じです。

夜中どこかのタイミングでお腹が空いて起きる(大抵は3時ごろ、早ければ1時ごろ、遅ければ5時頃)=>授乳

6時半にうさことミミスケを起こす。そのときにましろも起きていればリビングへ。スヤスヤ寝ていればそのまま寝室に居残り。

8時過ぎ、出かける前の授乳、着替え。

8時半に自宅出発、職場の保育園へ。

保育園で2回、日によっては3回冷凍母乳を哺乳瓶で飲ませてもらう。それ以外はベビーベッドで寝ているか、稀に寝たまま乗れるベビーカーでみんなのお散歩に着いて行くか、保育士さんの手が空いていたら歌を歌ってもらったり等々遊んでもらっている様子。

17時過ぎから18時前あたりのところで保育園迎え。その後、うさことミミスケの保育園を経由し、18時半過ぎぐらいに自宅到着。(ミミスケとうさこの主張如何によって帰りはグズグズ時間がかかるのでなかなか早く帰れません…)

そのままお風呂。
まずましろはお風呂の入り口のバスタオルの上でゴロリンと寝かされて待機。
うさこ、ミミスケ、私がお風呂に入り(私が迎えの日)、3人が洗い終わったところでましろの番です。洗ってから4人で湯船。
ましろの入浴時間は短いので、ましろと私がお風呂から上がり、その後、適当なタイミングでミミスケとうさこが出てきます。
うさこはまあある程度自分でできますが、ミミスケは拭いてやらないとビショビショなので、追い掛け回してパンツを履かせてあとはリリース。自由にやらせています。

なんとか全員服を着たあたりでましろ授乳。
保育園で3回飲ませてもらった時には、ミミスケを見届けて戻ってみると寝ていることもあり、そういうときにはこのタイミングでの授乳はパス。

夕食の準備をして(あらかた朝用意しておくので、炒めるだけとか、温めたり盛り付けたり、など)夕ご飯。7時半頃のことが多いです。
ましろはダイニングテーブル横のハイローチェアで寝ています。
稀に泣いて主張することもありますが、大抵は機嫌よく自分の手を振ったり舐めたりしてよろこんでいたり、いつの間にかスヤスヤ眠っていたり。

うさことミミスケをなんとか食べさせて、少々遊んだり、片付けをしたり(片付けをしないことも多いです)、9時を回ったあたりで歯磨きをさせて寝室へ。
ちなみに、ここでミミスケにトイレに行かせるだけで、10分ぐらいかかったりするので、何事もすぐには進みません…。最近のミミスケはこのタイミングで、おむつの上にパンツという重ね履きが本人的にも安心のようでそうなっています。
ここら辺でましろも寝室へ移動しますが、熟睡して起きなければおむつだけ替えてそのまま寝続けます。起きれば授乳して就寝。

そして夜中の授乳にもどります。

というわけで、ましろは家にいる時にも、ほとんど1人で寝ている感じなので、保育園の連絡帳が毎日ネタ切れです(苦笑)。積極的に何かと邪魔を仕掛けてくるミミスケやうさこの方に必然的に意識をとられていて、朝になって昨夜の様子は…と思い出そうとしても、ましろは静かに寝ていたなあ、とか、ご飯の時騒いだなあ、とか、そのレベルの記憶しかないのですよね。3人兄妹の末っ子だった友人が「母にはいつもあんたを育てた記憶がほとんどない、と言われる」と言っていましたが、その通りになりそうです。

授乳中のせいか、歳のせいか、ヘトヘト気味になることも多く、家は日々乱雑を極め、気軽にちょっと寄っていかない??なんて、到底言えない有様ですが、諸々に目をつぶってやりすごしております。
ま、皆が元気に過ごしていれば、それ以外は気にしないでいくしかないな、という割り切りで当面は目を瞑り続けようと思います。

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2016.06.01 (Wed)

5人家族になりました

月一更新すらすっかり滞り、前回更新からすでに数ヶ月ですが、元気に過ごしております。

で、タイトル通り、4月15日に無事に次女が生まれました。三度目の帝王切開、人生最後の出産です。
41週で生まれたうさこ、39週で生まれたミミスケよりは小さいですが、38週、3000グラム越えで元気です。生まれた数日後は看護師さんに「小顔ちゃんね~」など声をかけられるぐらい、生まれた直後のむくみがとれたらスッキリした顔をしていましたが、1ヶ月健診では4000グラムを軽々超え、今は下膨れのプクプクちゃんです。
うさこ、ミミスケに続き、よく飲み、よく出し、よく寝る手のかからない子路線を進んでくれていて、母としては大助かり。手がかからないというより、3人目、手をかけていないというのが正確なところですが…。

もうずいぶん前になりますが、出産のときのことを多少書いておきますと、今回はなかなか仕事が終わらず、書類上の産休は36週半ばから、そして実際には入院の前々日まで職場に行っていました。だんだん歳をとってきて、自分の仕事を整理して誰かによろしく、というだけでは始末できなくなってくるので、それが40超えた出産の大変さの一つかも、と思いました。でも、ギリギリまで動いていたことは体力維持には貢献したようで、2人目、ミミスケのときより出産直前の体力はあった気がします。
ちなみに、うさこのときは、予定が近づいても全く生まれる気配がないので、毎日涼しくなると(9月で残暑が厳しかった)かなりの距離をウォーキングしていましたが、それをしなかったミミスケのときは、なんとなく、産後も体力的に大変だった気がしていました。なので、今回は産休に入ってからは職場にも行ってはいましたが、帰り道は2キロぐらい歩いたり、保育園に早く迎えに行き、子供たちとせっせと散歩しました。
もちろん体調と相談ではありますが、産前の体力キープには効果があった気がします。

出産そのものは予定帝王切開なので、ミミスケのときの復習。
麻酔の不愉快さと、術後の痛みも、ああこんな感じだった…と思い出しましたが、もともと痛みに鈍感なタイプなので、そこそこの苦痛でクリアしました。後陣痛はこれまでより実感があり、ズキンズキンでしたが、とはいえ硬膜外麻酔もが切れてからもボルタレンとロキソニンで凌ていたので、大したことなかったのだと思います。
ちなみに金曜の出産で、同じ日に11人生まれたらしいのですが、そのうちの6人が帝王切開だったそうです。つまりその日は過半数が帝王切開。4人が予定、2人が緊急だったそうで。
退院指導の日、3日陣痛促進剤を使って産まれず、緊急帝王切開になったという、私のうさこのときと同じ状況の方がいて、私が1人目がそんな状況、予定帝王切開は楽でした、という話をしたら、とても喜ばれました。頑張っても頑張っても産まれず、結局帝王切開にというなんとも言い難い気持ち、同じ人がいてよかった~という感覚、よくわかります。

そして3人目の次女ちゃん、ここでは「ましろ」と呼ぶことにします。
全然白くなくて、普通に赤ちゃん色していますが(笑)、ぴょんた、うさこ、ミミスケ、ときて、名前がそれ以外に思いつきません…
ましろ、というのは、子どもの頃好きだったいもとようこさんのうさぎの絵本の主人公です。うさぎが好きで、ぴょん、という名前のうさぎを飼っていましたが、絵本で好きだったのは、「白いうさぎと黒いうさぎ」と「ましろのあさ」の2冊。いずれも絵がかわいい、きれい、というのが理由です。

というわけで、初登場のましろ、生後2日目には体重が10%減った、ということで、私も搾乳機を使ったり等々、スパルタ母乳指導を受けましたが、3日目からぐんぐん体重も増えてほぼノーケアの産婦になりました。
うさことミミスケで手一杯の年度末からの怒濤の日々、そして帝王切開だったので、看護師さんから「生まれる前からおっぱいのマッサージしましたか」と聞かれても、ああ、そんなことはしたほうがいいんだったな、程度。「生まれてからはしましたか」と聞かれても、手足をあれこれ固定された術後の状態で無理でしょう…と思うだけで、生まれてくるましろの準備をしていなかったなあとよくわかりました。
が、そこで反省したというより、ま、大丈夫でしょ、うさこもミミスケも丸々太ってたから、いずれ母乳も出てくるでしょうからね、と思っただけ。幸い、その通りになりました。
うさこのときは母乳が出ないのではと泣きそうになりながら頑張った感じでしたが、今回は搾乳機を使ったりしながらも、授乳室に集まるお母さんたち、産後のヘトヘトの状況でみんなよく頑張ってる、すごい、と心底思ったり、搾乳機ってよく出来ているなあとか、そんなことに感心していました。


この調子で書いていくと現在に追いつくまでかなりかかるので、まずはここまでで。


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プロフィール

ぴょんた

Author:ぴょんた
41歳、結婚13年目の共働き夫婦です。

34歳で不妊治療を開始。2010年9月長女うさこ誕生、2013年4月長男ミミスケ誕生の4人家族。

まだまだ新米ワーキングマザーですが、目下3人目お迎え中。

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