ぴょんたのひよこ日記

結婚13年目の共働き夫婦です。 4歳の娘、2歳の息子との毎日の中、3人目のお迎え準備を始めました。

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2010.10.21 (Thu)

おっぱい事情

生後もうすぐ4週間、うさ子の旺盛な食欲に支えられ、今のところ完母です。
これまでのおっぱい事情は・・

一週目(入院中)生まれた直後は帝王切開のため、カンガルーケアはできず、2~3時間経ってから助産師さんの全介助で初乳を飲ませてもらいました。

2日目から母子同室になり、泣いたら飲ませるの繰り返し。
病院の方針で、とにかく吸わせるのが大事、という教えを守りひたすら吸わせることに。
最初の2日は出なくても当たり前で、赤ちゃんもそれで大丈夫なようにできているそうですが、それでもお腹が空くようで1時間おきになき、出ないとますます泣く・・ということもありました。
その様子を見て助産師さんが2回ほど糖水を哺乳瓶で飲ませてくれたら2~3時間寝てくれたり、といった母乳スタートでした。

3日目の朝の体重は出生時に比べて1割以上も減ってしまい、3日目も午前中は十分に出てくれなかったので、ミルクを足してもらったりもしましたが、夕方になって徐々におっぱいが熱くなって、張ってきて、ようやくうさ子が求めるだけ飲めるようになりました。

それ以降、それなりに順調に母乳は出てくれて、小さなトラブルはあっても大きくは困らずにここまでやってきています。
小さなトラブルとしては、私は左脇に副乳があるのですが、生後4~5日頃その副乳がすごく張ってしまい、カチンカチンになり熱を持ってしまいました。これはよくあることだそうで、冷やせば数日で治る、ということでアイスノンをもらってしばらく冷やしました。
確かに数日で落ち着き、退院後数日経ってからは、うさ子が強く吸ったときなどにピキンとなることはあるものの、大きな腫れはなくなり、痛みもありません。

2週目(退院後)
それなりに順調に授乳ができるようになり、おっぱいの張りもしこりではなく、落ち着いてきました。
授乳は1回1時間~2時間ぐらいかかることが多いのですが(飲んで寝たと思ったらまた起きる、を繰り返すので)、どうしても眠ってくれない場合には「添い寝でおっぱい」が一番効く方法で、それは今でも同じです。

病院で添い寝での授乳の仕方を教えてもらい、そのときも不思議とすぐ眠るし、私も寝られるこの方法は私にとっても楽なので気に入りました!
抱っこに疲れてしまったとき、疲れたら「お母さん、もう限界だよ-。一緒にお昼寝だね~」と宣言して一緒にベッドに入ります。
口にくわえるだけくわえて、ほとんど飲まずに寝てしまうこともあるくせに、どうもくわえながら寝るのは快適らしい・・・。
今頃はパターンを覚えてきたのか、ベビーベッドではなく、親用のベッドに寝かされると目を輝かせておっぱいを探します(笑)。


3週目

この頃から、夜はそれなりに寝るけれど、昼間になるとさくっと寝てくれる日と、何時間もぐずぐずを続ける日が出てきました。
おっぱいを飲んでお腹はいっぱいになった後、うまくうんちが出なくてお腹が張ったような気がする時があるらしく、そのときは顔を赤くさせたり、気張ったりしながら、機嫌悪く泣きます。

最初にずーっとぐずぐずしていたのは3連休の日だったので、旦那さまがいて、なんとなくいつもと違うパターンなのがいけないのか?とも思ったのですが、その後の観察によると、どうも天気が関係しているように思えてなりません。
天気が良くてからっと涼しい日には比較的日中もよく寝てくれますが、曇天だったり雨だったりという日にはどうもぐずり率が高いです。
湿気を感じているのか、気圧を感じているのか??よく分かりませんが、そんな気がします。

私の方は、甘い物をじわじわ解禁してみました。
甘い物は危険だと思って避けていましたが、目の前にあると食べたくなってしまう私。
もらい物のクッキーを食べてみました。1枚食べて、一日様子を見たところ大丈夫。2枚食べて、大丈夫。
ということで、クッキー2~3枚は大丈夫そう、ということで安堵しました。
翌週(今週)は、もらったパウンドケーキを一切れずつ、昼食後のデザートに食べるのを楽しみにしています。
たんぽぽコーヒーとパウンドケーキの時間が私の楽しみな時間になっているのですが、うさ子が寝てくれないと抱っこのまま頬張ることに・・・。それでも食べる方を優先しています(笑)

4週目

なんだか新生児と思えないぐらい、夜にまとまって寝るようになりました。
日によってタイミングが違いますが、22時~23時頃から寝始めるときが一番長くて、4時間以上、昨日などは5時間半も一気に眠ってくれました。

その後、一度起きると、まずおむつを換えて(換えたとたん、だいたいブリブリと音がして腸が動く)、30分ぐらいおっぱいを飲み、もう一度おむつを換えて、再度飲むと寝てくれるというパターンが多いです。この夜中の授乳がだいたい1時間ぐらい。

その後は3時間ぐらい寝てくれるのでだいたいここで朝になります。

その分、昼はぐずぐずしている時間も長くなってきて、断続的におむつ、おっぱい、飲みながら寝る、ベッドに戻したら起きる、おむつ、おっぱい、また寝るけど下ろすと起きて泣く、を5~6時間続ける日もあります。
疲れるから本人も寝たいだろうに、なかなか眠れなくてますますぐずるのかなあと思ったり。

おっぱいの方は、5時間もの連続睡眠の後はカチカチになりますが、その後、お腹の空いたうさ子が必死でかぶりつくので、そこで大分緩和され、朝になってからひっきりなしに授乳とおむつを繰り返しているうちに落ち着く、というサイクルになってきました。
今のところカチカチで後遺症が残ることはないので、このままのペースでもなんとかなりそうです。


今のところまあまあ順調かなと思いますが、これからどうなっていくのでしょう??
成長の中で行きつ戻りつするんでしょうね~。

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2010.10.18 (Mon)

保健師さん来訪

今日は生後24日目。区の保健師さんの訪問がありました。

心配なこと、不安なことはありますか、というのはアポのための電話のときにも、今日も聞かれました。
唯一心配というほどではないけれど、気がかりなのが、24日にもなるのにへその緒がついたままということです。
ただ、もう乾いていて皮でぎりぎりくっついているという感じなので、とてるのも時間の問題だなあと思っていました。保健師さんの見立てもそのとおりで、もし、1ヶ月健診の時についてたら、先生にポイッと取られておしまいですね、とのこと。
それにしても、私の胎盤やらへその緒ってよほど頑丈にできているのかなあと思ってしまいました。予定日をかなりすぎても胎盤が元気なので大丈夫です、って言われていましたから・・・。

体重を量ってもらいました。ちょうど4000グラムぐらいだそうで、3100グラムちょっとで生まれたうさ子は既に900グラム近くも増えているようです。どおりで重くなったような気がしたはずです。
日々大きくなっているんだなあと改めて成長のスピードに驚きます。平均で一日20グラムちょっとずつ増えると聞いていたので、なんだかスピードが速い気がしますがちゃんと成長曲線の中に収まっており大丈夫そうでした。

そのほか、黄疸が残っているけれど母乳の場合にはそうなりやすいのでまあ大丈夫でしょう、顔の湿疹も2ヶ月ぐらいまでは出るものだから普通でしょう、という感じで、特に大きな異常はなく大丈夫そうでした。

私自身の体調も特段気がかりなことはなく、こちらも問題なさそうとのこと。
ただ、保健師さんには、まだ1ヶ月経たないのだから極力ゴロゴロ・ダラダラ過ごしてください、と言われました。
後になって疲れが残ったりするから、だそうです。やっぱりそういうものなんですね。
あと1週間で1ヶ月健診なので、それ以降は1日に1回ぐらいは外に出るのがいいとのこと。

実は、先週末、お試しでほんのちょっとだけうさ子をスリングに入れて外に出てみました。
最初にスリングに入れたときにはワーッと泣いたものの、意外と気に入ったようで、その後は歩き始めるとすぐに寝てしまいました。
あと1週間経てばうさ子とのスリング外出が楽しめそうです。

そのほか話したことは、

<来年の4月半ばで旦那さまと育休を交代し、1歳になったぐらいで保育園に入れるつもりであること>
 認可の保育園は4月でないと入れない(空きがない)ので、認証保育所には3月になる前ぐらいに予約を入れておいた方がいい。
そうすると、4月で溜まっていた人たちが捌けるので、その後、大抵入ることができて、認証保育所に預けている方が次年度の認可保育所の優先順位が少し上がる、とのこと。「外に預けて働いている」という条件がプラスになるそうです。

実家に連れて帰るには飛行機に乗せないといけない
 1ヶ月を過ぎれば大丈夫。耳がつーんとするかもしれないので、離着陸の時におっぱいを含ませてあげるとよい。事前に航空会社に連絡しておけば、赤ちゃんを寝かせる台なども用意してくれたりするので、便利では、とのこと。

保健師さんにはいちいち話しませんでしたが、自分で見た変化としては、こんな感じです。
注意力は散漫なところがあるようで、家の中で転んだり、包丁で手を切った、ということがありました。家の中で転んだのは退院して数日の時ですが、昼寝をしていてインターフォンがなったので急いで起き上がって歩き始めたときにツルッと滑って肩から落ちました。そんな転び方をしたのは生まれて初めてで、しこたま打って痛かったです。数日経っても痛いので近所の整形外科に行ってみましたが、特に異常はなく今は復活しました。

目がやや弱いかも。元々近視ですが、外の看板とか、光とかに焦点が合うのに時間がかかる気がします。これが治ってくれないと車の運転はできそうにありません。

産後6日目で病院で体重を量ったときには妊娠前からプラス7キロぐらいあった体重が、退院してすぐにはプラス4~5キロぐらいになり、その後プラス3キロぐらいになったところで停滞しています。
急激に減らなくてもいいけれど、このままで止まったら嫌だなあ、徐々に減ってくれないと困るなあという感じです。
 完母だから順調に減ってくれてもよさそうなものなのに、それ以上に食べているってことなのかもしれません。鉄剤を飲み終えて以降、食欲も出てきてもりもり毎日食べています。昨日はあまりの食欲に、旦那さまに「よく食べるねえ」と感心されました(笑)。
 今後の様子を見ながら要検討です。

退院のときには妊娠5ヶ月サイズだったお腹は、今は3ヶ月ってところでしょうか。正中線とお臍の縁取りみたいな黒い線がくっきり太くついていたのですが、今はおへそから上の正中線はずいぶん薄く細くなりました。

帝王切開の傷跡は退院時にはまだ両端から浸出液がにじむこともあったのですが、いまはすっかりくっついて、痛みはなくなっています。ただ、たるみはまだしっかりと残っています。
 いつになったら引っ込んでくれるのかなあ~

小さいことはありますが、順調に回復していると思うので、来週の1ヶ月健診でいろいろ合格のお墨付きがほしいなあと思っています。

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2010.10.15 (Fri)

退院直後の生活で役立っているもの

退院直後から里帰りもせず、親のヘルプもなく夫婦二人でやっています、というと、「すごいね~」とか、「大変なのによくやるね~」と言われます。
でも、旦那さまがよくやってくれるせいか、うさ子がよく寝てくれるタイプなのか、私の産後の回復が平均より早いのか、よく分かりませんが(全部なのかも)、それほど大変な状態にならずに最初の2週間を乗り切ることができました。

当初、退院後1週間は旦那さまは仕事を休む予定でしたが、出産までに時間がかかってしまったため、そういつもいつも休むわけにもいかないので、通常通り出勤しています。
旦那さまは朝7時に起き出して、出かける前にご飯を炊く、洗濯をする、日によっては掃除機をかけたり料理を1品作ってから出勤します。一生懸命早く帰ってきて、なるべくうさ子の沐浴も頑張ってくれます。
遅くなる日は私一人で入れるのですが、今のところ平日も6割は旦那さまが沐浴の係。
その後、私がうさ子に授乳している間に夕食の準備をして、うさ子が寝るのを待って二人で夕ご飯。
まさに旦那さま奮闘中です。

ちなみに洗濯は乾燥機フル回転。
私が洗濯をするときは雨が降っていない限り外に干すのですが、その手間が・・というのもあり、もう今は電気代や環境には全て目をつむって労力節減第一、でやっています。

ヘルパーさんの依頼の仕方も調べたし、頼むつもりでいたのですが、なんとか家の中が回っていると、わざわざ人に来ていただくのも面倒になり、今のところそのままになっています。
誰かにお願いすることに抵抗があるわけではないので、私が外出できるようになってから一時保育をお願いすることが出てくるのかも、と思っています。

そんなこんなでやっていますが、出産前よりは明らかに実働できる時間が少ないので、手間のやりくりは必要になります。
おっぱいが止まったら大変、と思うので、まずは食べるものの確保を最優先にして今役立っているものは・・

冷凍しておいたおかず
これは何より役立っています。朝ご飯はご飯+納豆+αぐらいで食べ、夕ご飯は旦那さまが帰ってきてから支度をしてくれますが、昼ご飯は一人。
うさ子がいつ泣き出すか、いつ泣き止むか分からない中でゆっくり麺をゆでたりなどできません。
安全なのはレンジでチンすること。これはもし途中で泣かれて放っておいても危険はないですから。

昼ご飯に便利だなと思ったのは、野菜をたっぷり入れて煮込んだビーフシチュー。
これをご飯にかけて食べれば美味しく食べられるし、栄養もそこそこいい線行っているのではないかと思います。

ハンバーグ、ひじきやおからの煮物、おひたしなども冷凍してあるので、もし、旦那さまの帰りが遅く、夕飯を作ってもらえないときにはこれらを食べれば大丈夫、と思うだけで安心感があります。
旦那さまが準備してくれるときも、1品足したいなとか、調理時間を短くしたいなという日にはとてもお役立ちです。

先週末には、旦那さまがいるので安心して火を使って煮物(高野豆腐と切り干し大根)を作り足すことができました。またストックが増えた安心感で心穏やかに過ごせました。

冷凍おにぎり

冷凍おかずと同じようなものなのですが、おにぎりにするということにもメリットがありました。
普段、わが家では米は3合ぐらい炊いて、余った分は一食分ずつラップに包んで冷凍しています。これで十分食べられるのですが、なにせうさ子がいつ泣くのか、いつ泣き止むのかが分かりません。
昼になって私もお腹が空いたなあという時間帯に延々とぐずるときには、おにぎりになっているととても安心感があります。

食べるときには、まず、レンジで温めておいて、熱すぎない程度になったときに大判の焼き海苔に巻きます。
そうすれば片手で食べられるので抱っこしながらでも十分食べられるし、うさ子の上にこぼす心配もほとんどなくて安心です。

冷凍野菜

今までほとんど使っていなかったのですが、入院する直前にスーパーに行ったとき、国内産のものもあることを発見し、目にとまった冷凍野菜を買ってみました。
かぼちゃとほうれん草
これが意外と役に立ちました。
どちらもレンジで温めれば食べられる状態になるし、かぼちゃはちゃんと煮物にしなくても、マヨネーズとかドレッシングとかちょっとつければおかずとして食べられます。
朝や昼、緑黄色野菜が足りないなと思ったときに添えて食べるのに重宝しています。
調子に乗って、ネットスーパーで小松菜、さといも、ブロッコリーなども買ってみました。これらもいろいろ使えそうです。

乾物・缶詰・佃煮

手間をかけなくてもすぐ食べられる乾物や缶詰などもお役立ちです。
私が出産した病院では、母乳に対してえらく強いこだわりがあって、母乳によい食事についても指導がありました。その中に、授乳中は水分を多くとる必要があるので、できるだけ実だくさんの汁物を入れましょう、というものがあります。
毎食、ちゃんと味噌汁をつくるというのは面倒だし、そもそも一人の時に切ったり、沸かしたりする時間を確保できる日ばかりではありません。

とろろ昆布+かつお節+じゃこや昆布の佃煮 に熱湯を注ぐと、とろろ昆布汁ができます。
ご飯+さんまの缶詰+何か薬味 に熱湯を注ぐと、それなりによいお茶漬けができます。

など、すぐ食べられる乾物や缶詰、味付け代わりにする佃煮はとっても役立っています。

ネットスーパー

やはりネットスーパーのヘビーユーザーになっています。
家にいるので買っとかなきゃ、というものに気がつきますが、それをいちいち旦那さまに言って仕事帰りに帰ってきてもらうのも面倒だし、それより早く帰ってきてくれた方がありがたい・・という訳で、うさ子のおむつも含めて日用品も食料品も、週に2回ぐらいネットスーパーで買っています。
自分で外に出られなくても自由に物が手に入るのはほんとに助かります。

そんなこんなで入院前に準備したものと、退院後の余裕のあるときにこれらを補充することでなんとかわが家は回転しつつあります。

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2010.10.11 (Mon)

入院から出産までの5日間(後半)~陣痛促進剤+帝王切開

続きです。

9月23日(41週2日)

この日は祝日のため、誘発もお休み。
お休みといわれても特にすることが何もありません。
パソコンを持ってきて仕事でもすればよかった・・とも思い、旦那さまにもって来てもらおうかと思ったのですが、また仕事なんか始めたら「まだ出てくるときじゃないな」とうさ子が勘違いするかもしれない(そんなわけないか・・)と思ってやめておきました。

できれば歩いたりしてくださいね、と言われていたので、廊下をうろうろ歩いてはみましたが、さして広くないところをずっと歩いていると変な人みたいな気がして、何周かしたところで終了。
そうだ!と思いついて階段を地下1階から4階まで黙々と3往復してみました。これが大して息も上がらずにできたのは、毎日の散歩の成果だなあと思います。

この日は2泊3日で私の両親も東京にやってきました。
本当はとっくに生まれているはずで、自宅に戻った頃に見に来てもらうつもりだったのですが、なんとまだうさ子はお腹の中。
でも、飛行機やら宿やらの手配をしてしまっていたし、父の休みがとれるのがここだけだったので、予定通りやってきました。
旦那さまが両親をホテルに迎えに行ってくれて、面会時間に3人で来てくれました。

普段は高齢の祖父を一人にするのが難しいので、実母が東京にやってくるのは私の結婚式以来7年半ぶりのことです。
夢クリ通いを始めてから、全く先の予定が立たないため実家への帰省もしておらず、そのまま妊娠してからは「無理に帰ってきてもし流産したら大変だから帰ってくるな」と言われたためにまた帰省せず、だったので、電話では話していましたが母に会うのは久しぶりでした。
父は出張の折りにわが家に来ることもあって今年の春も会ったのですが、これだけお腹がせり出したときに会うのはもちろん初めてです。

この日はまだ生まれないので、楽しみの大半はおあずけの状態でしばらく話してから帰っていきました。


9月24日(41週3日)

いよいよ促進剤も3日目。
朝6時半にはLDRに移動し、また同じようにモニターをつけ・・ともう慣れてしまったプロセスに入ります。
連日、何時間もモニターをつけっぱなしなので、モニターがずれたときの直し方も習得してしまいました。ナースコールを押さなくても自分で直せます(笑)。
ちなみにモニターがお腹に接触するところがかぶれてしまい、真っ赤な大きな丸が2個できていました。

点滴の開始前に先生の診察がありました。
子宮口の開き具合は、3センチあるかないか、全然進んでいないどころか若干後退したかも・・という状況ということで、先生も渋い顔です。
2日目の終了時には、必ずしも急いで帝王切開にしなくてもいい、という話でしたが、これはうまくいかない可能性が結構高い、と思われたようです。
「今日は薬を変えてオキシトシンという薬を点滴します。今日、これでお産が進まないようだったら帝王切開に切り替えた方がいいかもしれませんね。急に言われても困ると思うので、もしお昼頃までに何も進まないようだったら帝王切開についても説明に来ますね」と言われました。

3時頃までに大きな変化がなければ、帝王切開にした方がいいのではないか、とのことでした。そうでなければ、週末2日休んで、また月曜に仕切り直し。
もう月曜までは待てないと思っていたので、今日中にお願いします、ということを伝えました。
となると、帝王切開の可能性を考えて、今からは絶食、水も駄目、ということになります。そのため、点滴も薬のための点滴だけでなく、水分補給のための点滴も始まり、そこに抗生剤の点滴も加わって大量の点滴がポンプで送り込まれる羽目になりました。量が多すぎて、ポンプを使わないと逆流してしまう事態に・・・。

予想はしていたことだし、もうそろそろ決着をつけないと精神的にしんどいなと思っていたので、帝王切開の提案は全然驚くことではなく、むしろ歓迎する話だったのに、なんだか急に悲しくなってしまいました。
ちゃんと産んであげられない、授かることも自力ではできなくて、最終的に産むこともできないんだ・・・となんだかとても惨めな気持ちになってしまいました。
点滴が始まってもしばらくは涙があふれてきて、タオルを顔にかけたままずっと寝ていました。
寝ているだけではますます陣痛が遠のいてしまうと思い、気を取り直して点滴を手に廊下を歩き始めましたが、一人で歩いていても涙がにじんできます。

助産師学校の学生さんの実習の受け入れの依頼もこの日は断りました。
最初の二日は承諾していたのですが、いつまでたってもお産が進んでくれない中で、モニターを細かく見ながら、お腹の張りを確認し「今、張っていますか?」などと聞かれ続けるのもしんどくなっていたし、「さっきより間隔が短くなってきましたね」と、よかれと思って励ましてくれるのも負担に感じるようになっていました。

実習をしないと一人前になれないわけだから受け入れる方がいいだろうと思ったし、また、必ずしも教科書通りに進まないケースがあることを知ってもらうことも大事だろうとは思いましたが、その余裕はなく、「陣痛が本格的に始まったら来てもらってもいいですけれど、どっちつかずの間は来ないでください」と断りました。

予定では午前中に急に生まれる可能性はほとんどないので、旦那さまは午前出社して、午後から来る予定でしたが、点滴が始まって1時間、我慢できなくなって、旦那さまに電話して、一度来て欲しいと頼みました。
「陣痛が始まったら会社に行っていいから今まず来て欲しい」というなんだか本末転倒の電話をするぐらいこのときが一番しんどかったです。

旦那さまが到着して、話しているうちに少し落ち着いて、帝王切開でもいいやという気になりました。
本当ははじめからそう思っていたはずなのに、毎日ひたすら陣痛を待ち続けてそのためにあらゆることをしているうちに、陣痛を起こして産むことしか正しいゴールがなくて、それができないと落後したようなイメージになっていました。

点滴を初めて2時間ほど経ってから、先生が子宮口の開き具合を確認しにきてくれました。
その診察でも「うーん、変わってないね」とのこと。破水すると通常は陣痛が促進されるけれど、子宮口の開きが狭すぎて人口破水もできないとのことでした。

昼過ぎ、再度子宮口の確認に来てくれた先生が、「お、さっきよりはいいわね」とのこと。
「これなら人口破水ができそうだわ」ということで、えいやとはさみで破水してもらいました。
どくどくと暖かい物が流れていくのが分かり、ぱんぱんだったお腹が少し余裕が出たような気がしました。

とはいえ、陣痛は劇的には強まらず、薬の量は徐々に増えているので、腰やお腹の痛み、お腹の張りは徐々に強まっていくものの、まだしゃべれるぐらいで本格的なものにはなってくれません。

その後、帝王切開と麻酔について説明があり、帝王切開をすることになったら署名をして提出する同意書も渡されました。
旦那さまが一度会社に行っている時間だったので、旦那さまが病院に戻ってから提出しようかなと思いましたが、もうNOという返事はあり得ない状況だったので、署名をして提出しました。

午後3時、目安と言われていた時間に再度内診がありました。
「うーん、進んでいないわね」とのこと。
このときには旦那さまも戻ってきていて、私も9割方帝王切開の覚悟ができていたのですが、まだ一縷の望み(?)にかける気持ちもあって、あと1時間だけ待ってもらえないかと聞いてみました。
周産期センターの病院にも関わらず、OKが出ました。先生もちょっと苦笑いしていましたが、じゃ、あと1時間ね、ということで4時まで頑張ってみることになりました。

その後、両親もやってきて(立ち会いは1人しか駄目と聞いていたのですが、LDRには入れたようで、看護師さんが案内してきてくれました)、しばらく私は点滴をぶらさげてスクワットをしながら立ち話です。

午後4時の内診。
それなりの痛みにはなってきていて、収縮のピークでは話すのが辛い状況にはなっていましたが、子宮口を開く力には結びつかず、やはり変わらずとの判断でした。
ここまでくると、もう納得したというのか、あきらめたというのか、帝王切開をお願いします、という気持ちになっていました。

その後は実に早かったです。
「今、もう一人帝王切開の手術が入っているから、それが終わったらすぐ入れるかどうか確認しますね」と言われた直後、「では4時半から帝王切開になります」「コンタクト、入っていますか?じゃ、外してください」等々、あっという間にベルトコンベア状態で手術室へとストレッチャーで運ばれ、麻酔医の先生から再度説明を受けて麻酔が始まり、午後5時頃から執刀が始まりました。

旦那さまは麻酔等々の間は外で待たされていましたが、執刀が始まってからは中で立ち会うことができました。
私はお腹の上についたてが立てられていたので自分では見えなかったのですが、旦那さまの「もうすぐ出てくるよ」という声を聞いたらなんだか感動したのか、安心したのか、どんどん涙が出てきて、うさ子の泣き声を聞いたらもっと涙が止まらなくなりました。
ほんとによく来たね、待ってたよ、という思いでいっぱいでした。
カンガルーケアはできず、私はちょっと頭を触ることができただけでしたが、本当によく生まれてきてくれた、ありがとう、という気持ちでうさ子を迎えました。

その後、縫合してもらったりする処置なのですが、その間、先生達の会話が聞こえてきます。
「これ、何?え?これ、無理にやったら破裂するよなあ。これは?IVF?自然?」なんて声です。
思わず、「IVFです」って返事しちゃいました(笑)。
いくつか正常でない状態があったらしく、これらの予定外の状態への処置をしてもらったりした結果、手術時間が長め、出血量も多めでしたが、1時間余りで手術は終了しました。後半は安心して数日間の緊張から解放されたせいか、途中から眠ってしまい、気がついたらほぼ終了していました。

後で説明を受けたところによると、子宮の後壁が薄く脆い状態で、筋肉が割けていたとのこと。原因は不明で、珍しい症例、もし下から無理に産んでいたら大出血になっていたかもしれないという話でした。またうさ子はへその緒が2重に首に巻き付いている状態で生まれてきたようです。
さらに、卵巣周辺に癒着もあったとのこと。だから自然妊娠は難しかったようです。

これらを総合して考えると、私の場合、帝王切開でなければうさ子も私も大変なことになった可能性がかなり高く、なるべくして帝王切開になったのだなあと思います。
また、不妊治療を始めて半年経たない時期に体外受精に踏み切ったのも、それ以外にはなかった方法のようです。
ですから結果的には、偶然、最善の方法を選んでうさ子は無事誕生できたんだ、という気がします。

術後管理用の病室に運ばれ、旦那さまと両親がやってきました。まだ3人がいる間に、うさ子を新生児室から連れてきてもらい、初乳を飲ませてもらいました。
「飲ませてもらう」というのは、飲ませるのは私なのですが、両手両足が動かないので、私は寝たまま、助産師さんがうさ子を抱いて、飲めるような体勢にして含ませること一切をやってもらいました。
可愛いなあ、愛しいなあとは思いましたが、私はあまりにヘトヘトで残念ながらそのときの様子ははっきりと覚えていません。

その晩はうさ子は新生児室で預かってもらい、私はひたすら我慢の一夜でした。
両足が全く動かないので、自分で姿勢を変えることもできず、左手には点滴と脈をとるクリップ、右手には血圧計(これが数分おきに自動で測定するために収縮する)、両足は塞栓防止のマッサージ器がとりつけられてこちらも収縮を繰り返す状態で、全く眠れないし辛い一夜でした。
汗がたらたら流れ出るし、着せられた病衣が体に当たると痒くて、夜中を過ぎて血圧計を外してもらって少しウトウトするのがやっと、という感じでした。この一晩だけは本当に辛かったです。
それでも翌日の午前中には歩く練習を無事パスし、昼には導尿も外してもらい、自由の身になりました。

午後の面会時間には双方の両親が揃ってやってきました(義両親は生まれたとの連絡を聞いて、急遽日帰りでやってきてくれました)。
うさ子は新生児室から母子同室に移り、親子3世代、勢揃いすることができました。
双方の親にとって初孫なので、そのかわいがりぶりは想像通りというのか、想像以上というのか。
私たち夫婦にとっても宝物だし、その両親にとっても宝物として生まれてきたうさ子は幸せな子になってほしいと心から思います。そして一人前に大きくするまで私たちが頑張らなきゃなと思います。

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2010.10.06 (Wed)

入院から出産までの5日間(前半)~陣痛促進剤

退院して1週間あまり。
うさ子は毎日、たくさんおっぱいを飲んで、たくさん出して、元気そのもの。
安心できるのでとっても助かります。
親に似て食い意地が張っているらしく、少々のことにはめげずにおっぱいに食らいついてきます(笑)。

うさ子は無事、たまごからひよこになったので、ちょっとだけタイトルを変えました。
また、コメントをいただいた方のリンクを設定させていただきました。不都合な方がいらっしゃいましたらお知らせください。

さて、ちょっと振り返って長々と続いた出産までの5日間を記録したいと思います。
書き始めたら長くなってしまったので、まずは最初の3日間です。


9月20日(40週6日)

予定日は9月14日でしたが、1週間経っても陣痛が始まらないため、40週6日の9月20日に入院しました。

内診で3センチ以上子宮口が開いていれば何もしない、開いていなければラミナリア棹を入れるとの説明を受けてから内診。
見事に全く開いていませんでした。
というわけでラミナリア棹を入れる処置を受けました。
ちょっと痛かったですが、我慢できないほどのこともなく、終了。
あとは翌朝を待つことになりました。

ラミナリア棹を入れるとき、看護師さんが声に出して数えながら進むのですが(たぶん、抜くときの抜き忘れを防ぐため)、看護師さんが数を間違えたので、思わず笑ってしまいました。
何のために数えているのか意味ないじゃん・・・。
でも普通におかしいと思うだけでいらだちもせず、気分にまだまだ余裕がありました。

9月21日(41週0日)

いよいよ陣痛促進剤の利用1日目。
朝6時過ぎにLDRに移動すると言われていたので、スタンバイしていたのですが、待てど暮らせど看護師さんは現れず・・・。
どうやら明け方にバタバタとお産が始まったらしくLDRの空きが無くなり、看護師さん、助産師さんもそちらに手が取られた模様。そのまま元の部屋で朝食を食べ、9時前に移動となりました。

この日使ったのはプロスタグランジン。
点滴に書かれている単位は3000という単位が見えましたが、それがどれぐらいのものなのか、ちょっとよく分かりません。

この促進剤が500ミリのブドウ糖液と混ぜられて点滴が始まりました。これが2袋が一日のMAX量です。
最初は20ml/hの速度で、30分ごとに20mlずつ増えていき、最大で200ml/hの速度になります。
その間、ずーっと赤ちゃんの心音とお腹の張りのモニター(NSTで使うもの)をつけ続けながらの点滴が始まりました。

点滴が始まったのが9時頃ですが、ほとんど何の変換もないまま、30分ごとに点滴の量だけが変わっていきます。
「どのぐらいで変化がでるものですか」と聞いても、人によるとのこと。使い始めてすぐ陣痛が始まる人もいれば、最大速度になってからの人もいるとのことで。
お腹の張りはでてくるものの、痛みがほとんどないままお昼になり昼食。何の問題もなく食べられました。

歩いた方がいいと言われても、モニターの電波がとぶ範囲しか歩けないので、ごくわずかな距離を熊のようにうろうろしたり、軽くスクワットをしたりしてもなかなかこれといった陣痛には結びつかず、点滴に速度だけが上がっていきます。
昼過ぎには徐々に張りとともに腰やお腹の痛みも出てきましたが、しゃべれるぐらいだから全然まだまだ、と言われているうちに点滴も最大速度になりました。
痛いには違いないけれど、絶叫するほどのこともなく、なんだか点滴の終わりが見えてきて、内診をしてもらっても子宮口の開きはまるで進んでおらずその日は終了することになりました。
翌日また同じ方法で誘発すること、一日目が駄目でも、その結果、子宮口が柔らかくなっていてうまくいく人も多い、決して今日の誘発は無駄ではない、と励まされてました。
私もその時点では、明日こそは大丈夫かなと思っていました。元々説明を受けた時点でも、1日目で駄目なら2日目、とは聞いていたので、そんなこともあるだろうぐらいに思っていました。

その時点で午後5時。
薬が抜けるまでは、お腹にかなり強い張りが残っているのでそれがなくなるまではLDRに留まってモニターをつけるよう言われ、留め置かれること4時間。
夜9時半を過ぎてようやく解放してもらうことができました。
消灯時間は9時でしたが、シャワーを浴びたいと頼んで点滴用の針にビニールを巻いてもらい、シャワーを浴びて人心地つきました。

9月22日(41週1日)

いざ2日目。
この日は順調に6時過ぎにLDRに移動し、朝食もLDRで。
8時から点滴開始ですが、その前に内診。
少しは改善していることを期待したのですが、全くもって前進なし。
期待もあるけれど、また昨日みたいになったら嫌だなあ・・と思いながらのスタートでした。

そして全く同じように20ml/hから始まって30分ごとに速度上がっていくのですが、体感は前日と全く同じ。
徐々に張りは出てくるけれど、痛さはさほど強まらず、そのペースが前日より少し速いかなとは思うものの、点滴開始の時間が前日より早かったことを考えるとほとんど同じ。
なんだか見通しが暗いなあと思いながらでした。

旦那さまも連日、仕事を調整してやってくるのに苦労しており、この日は午前中の劇的な進展は予想できなかったので、14時に病院にやってきました。
それから待つこと2時間。結局、点滴量マックスでも本格的な陣痛には至らず、この日も終了。
そしてますます残念なことに、これだけやっても全く子宮口の広がりは3センチ弱から変わらず・・なのでした。

説明してくれた先生は、赤ちゃんは元気、胎盤も大丈夫そう、破水もしていない、だから急ぐ理由はないので、金曜にまた薬を変えて頑張りましょう、とのこと。金曜に駄目でも帝王切開を急ぐ必要はそれほどない、とのことでした。
「柔らかくはなっていますから、明日の休みのうちに自然に陣痛が始まることもありますし」と慰められはしたものの、なんだかあまりに進まない状況にがっかりしました。

翌日23日が休日のため、誘発はなく、患者もお休みです。
スタッフが少ないせいか、休日には誘発はしないのだそうです。なので一日おいての24日の仕切り直しとなりました。

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プロフィール

ぴょんた

Author:ぴょんた
41歳、結婚13年目の共働き夫婦です。

34歳で不妊治療を開始。2010年9月長女うさこ誕生、2013年4月長男ミミスケ誕生の4人家族。

まだまだ新米ワーキングマザーですが、目下3人目お迎え中。

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